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大阪高等裁判所 昭和56年(う)715号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

〈前略〉

控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の論旨について

所論は、原審が、本件メモ紙(昭和五六年押第二四五号の二〇)(検乙一号証)は、書面の意義が証拠となる証拠物たる書面であるが、伝聞法則の適用を受けない書面として、証拠能力を認め、その取調をしているのは、伝聞法則の解釈適用を誤り刑事訴訟法三二〇条に違背するものである、というのである。

よつて、記録を精査して考察するに本件メモ紙は、本件公訴にかかる傷害の犯行日の二日後である昭和四八年一二月一六日に、被告人の所属する革命的共産主義者同盟全国委員会派(以下中核派という)の事務所のあつた大阪市北区浜崎町石居ビル内前進社関西支社から警察官によつて捜索押収されたものであつて、検察官の請求により原審が原審第四六回公判廷において、書面の意義が証拠となる証拠物たる書面として、その証拠能力を認容したうえ、その取調をしたことが明らかである。

所論は、本件メモ紙は書面の意義が証拠となる証拠物たる書面として伝聞法則の適用を受けその証拠能力に問題があるのに、原審は、伝聞法則の適用なしとして右証拠能力を認容したのは違法であるというので、考察してみるのに、右メモ紙には、本件犯行現場である原判示の長岡自動車教習所とその周辺の建造物や周辺地域との地理的関係等を示した図面(この図面の記載されている紙面を以下表面という)のほか、右表面及び裏面に文言等が記載されていること、右メモ紙の記載内容を、本件犯行等の目撃者の証言や本件犯行現場の状況を記載した司法警察員作成の実況見分調書等原審で取調べた各証拠を勘案して検討すると、右図面には本件犯行現場となつた、原判示被害者沢山保太郎が当時通学していた長岡自動車教習所とその南側の竹の台団地等の建造物及び公衆電話の位置また阪急長岡天神駅、国鉄神足駅、京阪淀駅、通称調子八角交差点、大山崎、国道一七一号線等の周辺地域との地理的関係が相当詳細にかつ客観的にも正確に記載されていること、そして右メモ紙の表面に記載されている文言等のうち、Reportを書け、六日以降毎日技能実習を受けていた、入院先を調べよ、車やられた可能性とある部分(以下余事部分という)を除く、その余の記載内容は、いずれも本件犯行の手順や右犯行後の逃走方法に関するもの、さらには本件犯行現場付近から他へ連絡するために必要な事項に関することも含まれていること、そしてこれらは雑然と記載されているものの、その内容は詳細、明確であつて、本件犯行を実行するについて容易に役立つものと思料されること、そして前掲各証拠によれば本件犯行は多人数による組織的犯行と認められるところ、右に本件メモ紙の記載内容を照合して考究すると、右メモは本件犯行の事前共謀にあたつてその内容を明らかにするために、共謀に参加した者のうち、右メモ紙に記載した者が複数の人数でなされる計画の内容を明らかにし、具体化するために記載したものと考えられ、所論の如く、その具体的な作成者の氏名や作成状況が判明していないからといつて、右認定を左右するものではないことが、それぞれ認められる。

ところで、およそ伝聞証拠か否かは、要証事実の如何により異つてくるものと解されるところ、右余事部分を除く本件メモ紙の表面の記載は、右の如く本件犯行についての事前の共謀にあたつて、その計画の内容を具体化するため記載した書面であると認められ、その要証事実も、右の記載に相応する事前共謀の存在さらには原判決が右メモ紙は事前の計画書として証拠価値を有するとしたうえで、原審で取調べた各証拠によつて認められる、他の外形的事実と本件メモの記載とを総合して、被告人が右メモ紙に藤木として与えられた役割を実行したものと認めていることに照らし、被告人の本件への関与の事実も含むものと解される。

そうすると、本件メモ紙の表面の右余事部分を除く記載部分は、右の要証事実との関係から、伝聞証拠(伝聞供述)というべきであると思料されるのであるが、およそ供述とは心理的過程を経た特定の事項に関する言語的表現であり、それには表意者の知覚、記憶の心理的過程を経た過去の体験的事実の場合と、右のような知覚、記憶の過程を伴わない、表現、叙述のみが問題となるところの、表意者の表現時における精神的状態に関する供述(計画意図、動機等)の場合とがあつて、本件の事前共謀に関するメモは、その時点における本件犯行に関する計画という形で有していた一定の意図を具体化した精神的状態に関する供述と考えられる。

そして、右の精神状態に関する供述については、その伝聞証拠としての正確性のテストとして、その性質上必ずしも反対尋問の方法による必要はなく、その表現、叙述に真し性が認められる限り、伝聞法則の適用例外として、その証拠能力を認めるのが相当であると解されるところ、原審で取調べた各証拠によつて認められる本件メモ紙の押収時の状況、右メモ紙が組織活動の過程において作成されていること、その記載内容である計画そのものが現に実行されていること等から、その記載の真し性は十分これを認めることができる。

したがつて、本件メモ紙の表面の記載のうち、右余事部分を除く記載部分は、前述の如く伝聞法則の適用を受けないものであり、また本件メモ紙の表面の右余事部分及び裏面の記載部分は、その記載内容の真実性を要証事実とするのではなく、そのような記載のあること自体を、本件犯行の計画者等において、右犯行に強い関心を有していたという点で要証事実とするに過ぎないのであるから、それは非供述証拠(非伝聞証拠)として、伝聞法則の適用がないものというべきである。

よつて、本件メモ紙は、裏面の意義が証拠となる証拠物たる書面であるが、伝聞法則の適用を受けない裏面として、その証拠能力を容認すべきものであり、右と同旨の見解に基づいて、本件メモ紙の証拠能力を肯認した原審の訴訟手続に所論の如き違法があるものとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意中、事実誤認の論旨について

所論は、被告人と本件公訴事実とを結びつける直接的証拠はなく、間接事実についても合理的な疑いが強いのに、原判決が被告人に対して右公訴事実を肯認したのは、証拠の評価、取捨選択を誤り、事実を誤認したものである、というのである。

よつて、記録を精査して検討するに、原判決挙示の原審証人鎌田弘治、同林民子、同館太春夫、同高木美代子、同横山巧、同矢野勝清の各証言、同辻有紀子に対する尋問調書、沢山保太郎の司法警察員に対する供述調書、司法警察員作成の実況見分調書及び捜査報告書、押収してあるメモ紙一枚(昭和五六年押第二四五号の二〇)等原審で取調べた関係各証拠によれば、原判示の本件被害者沢山保太郎は、中核派に加盟していたが、右中核派の考え方に不満をもつて批判するようになつたこと、被告人も右中核派に所属しているのであるが、右沢山保太郎を含む、これと主義主張を同じくするグループを反党分子、分裂策動者として相互に対立するに至つていたこと、そして右のような状況のもとに推移しているうち、原判示の本件犯行当日同判示の長岡自動車教習所に教習生として通学していた右沢山保太郎が、午前一〇時頃右教習所の本館事務所の方へ歩いている時、学生風の若い男で、口のあたりに白マスクをし、黒ぽいコートの衿を立て、白手袋をし、白い包帯を巻いた鉄パイプを持つた一〇人位の者に追いかけられ、右本館前付近で、右のうち六人位の者から鉄パイプで全身を殴る、突くの暴行を加えられたこと、その後右加害者等は同教習所の南側にある竹の台団地まで一団となつて逃走したうえ、同団地内に駐車していた三台の自動車にほぼ満席の状態で分乗して、同日午前一〇時一〇分頃大阪方向へ逃走したが、右自動車のうち一台は白色の車でトランクに赤い「STP」のステッカーが貼られていて、車両番号が「大阪五五つ四三九九」であつたこと、他方緊急配備命令に基づき同日午前一〇時二〇分頃長岡京市南松原町一番四〇号先に配備についていた高槻警察署勤務の警察官が、同日午前一〇時三〇分頃国道一七一号線を西進してきた自動車が赤信号で停止したのを見たところ、その車の車両番号とステッカーが前示のものと合致したところから、手配車と判明し、その運転者の被告人に職務質問したこと、本件発生後間もなく行われた捜査の結果本件犯行現場付近の原判決説示の各地点から包帯の巻かれた鉄パイプ六本、白色手袋一足、白軍手一足、マスク一個がそれぞれ発見されたこと、右竹の台団地から原判示の経路を経て被告人が逮捕された地点までの距離は約12.9キロメートルであり、かりに時速四〇キロメートルで走行したとすると約一九分もしくは二三分を要すること、右の如く被告人の所属する中核派は、右沢山保太郎に対して、本件犯行当日前より攻撃を加える意思を有していたものであり、本件犯行は右沢山保太郎が長岡自動車教習所へ技能実習に来る際の限られた時点を捕らえて行われた犯行であり、それが相当数の者によるかなり統制のとれた行動であることに照らし、事前の周到な計画と準備のもとに行われたものと考えられること、そして中核派は右のような犯行を行うための組織や実行力を有していると思料され、中核派によつて実行された可能性は高いものといえること、また中核派に属する被告人が右犯行の際に使用された右自動車を運転し、前示の如き本件犯行現場との時間的、場所的関係にあるところで逮捕されていることから、被告人が本件犯行に関与しているものであることが十分推認されることが、それぞれ認められる。

そして本件犯行の二日後に中核派の事務所のある前示の前進社関西支社事務所から警察官が押収した本件メモ紙は、その記載内容に徴し、前示の如く本件犯行現場とその周辺の建造物等の位置や周辺地域との地理的関係等につき相当詳細かつ正確な図面の記載があり、また本件犯行の手順や分担、逃走方法等に関する文言等の記載も詳細、明確で、右図面と相俟つて本件犯行を実行するについて十分役立つものであること、右メモ紙は中核派の者らが本件犯行の事前共謀にあたつてその計画内容を明らかにするために記載された書面であると考えられるのであつて、所論の如くその作成者や作成の背景については不明であるが、右は右メモの記載の内容自体から、それが本件犯行の事前の計画書として、その記載の内容自体から、それが本件犯行の事前の計画書として、その証拠価値を有することに、なんらの支障をきたすものではないこと、そして本件メモには、右沢山保太郎の襲撃後藤木なる者が三台の車の内の「能セ車」と記載されている車の運転を担当して本件犯行現場から国道一七一号線を経て大山崎に逃走する旨が記載されていて、そのように計画されていたことが、それぞれ認められるのであるが、このことに、前示の如く被告人が中核派の所属者として反党分子の右沢山保太郎に対し攻撃の意思を有していたこと、被告人は本件犯行現場と前示の如き時間的場所的関係にあるところで、右「能セ車」の記載に合致する大阪府豊能郡能勢町居住の安藤康次所有名義の自動車を運転走行中に逮捕されるに至つていること、本件犯行現場から府道荏原高槻線を経て国道一七一号線を大山崎方面に向けて、前示の如く本件犯行と関係ある物件と認められる多数の遺留物が犯行後間もなく押収されていること等を総合して考察すると、被告人は本件メモに藤木と記載されている、その者自身であつて、同記載のとおり本件犯行現場から右「能セ車」である前示の本件自動車を運転して国道一七一号線を大山崎方向に逃走し、前示場所で逮捕されるに至つたものと認められる。

所論は、被告人は本件自動車を竹の台団地から運転した事実はなく、また逮捕現場で被告人が本件自動車を運転していたことから、被告人が本件犯行に加担したと推認することは不自然、不合理である、というのであるが、被告人が竹の台団地から本件自動車を運転したものと推認されることは前示認定のとおりであり、また右メモに記載されているところに従つてその役割を分担し、逮捕現場まで右自動車を運転したことは前示の如く十分首肯されるものといわざるをえない。

なお、本件犯行現場と被告人の逮捕された地点との前示の時間的、場所的関係というのは、所論の如く車の速度や走行経路によつて、異つた可能性が生じることはありうるものの、少くとも被告人が逮捕された時間と場所に徴し、本件犯行現場から右逮捕地点まで被告人が本件自動車を運転してきたものと認めても、そこに明らかな矛盾がないということを言つているに過ぎないものであつて、それ以上に右の車の速度や走行経路を断定的に認定しようというものではない。

よつて、右犯行をなしてきた実行者等を自動車に乗せて、途中それ等の者を下車させたりしたうえ、右逮捕場所にまで至つたものと認められるのであつて、右の事実の認定には不合理、不自然な点はなく、したがつて本件犯行の共謀の日時、場所、共謀者の氏名、共謀の具体的状況等は不明であるが、少くとも本件犯行は中核派の所属員らによつて事前の周到な計画のもとになされた集団的犯行であり、被告人はその所属員として右計画に参加し、前示の如き役割分担をしているものであつて、それら計画者及び実行行為者と相互にあるいは順次その意思を通じあつて右犯行を共同した共謀者の一人であることは十分推認されるものというべきであつて、共同正犯者としての刑責を免れないものといわざるをえない。

よつて、原判決に所論の如き事実誤認が存するものとは認められない。論旨は理由がない。〈以下、省略〉

(山本久巳 梨岡輝彦 宮平隆介)

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